つくばサイエンス・アカデミー
最近の日本の医療は、後期高齢者保険制度など、大変大きな問題を抱えています。製薬企業としては、このような問題に対応しなければならないでしょうし、技術面でも遺伝子工学など医薬開発に影響する大きなうねりに直面しています。
これからの医薬開発はどのようにあるべきなのか、具体的にどのように対応しておられるのか、さらには筑波の研究機関との交流はどのようにあるべきなのか、そんな問題意識で、10/16、エーザイ筑波研究所を訪問させていただきました(溝口、大枝)。エーザイ株式会社は日本を代表する製薬会社の一つ、世界の中で奮闘しておられるように思います。ご対応は、創薬研究本部小林本部長、世永副本部長、川村企画推進部長、PR部酒井課長の4人の皆さんです。
製薬企業にはこ� ��までまったく縁がなく、なめらかな質疑ができるかどうか心配だったのですが、小林本部長はじめ、皆さん非常にフランクに話し相手になっていただきました。
Q:ピント外れな質問ですが、エーザイという社名の由来をお教え下さい。
A:当社の創業は1941年で、当時の社名は日本衛材株式会社でした。その後、1955年に現社名のエーザイ株式会社となりました。当時の製薬会社では珍しいカタカナ表記の社名は、当時から海外を意識していたことの表れです。
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Q:私ども、製薬会社にお伺いするのは初めてですので、本日は製薬業界全体の特徴といったものをご説明いただき、合わせて、エーザイとしての特徴、技術の特徴などについてお伺いしたく思います。製薬産業の一般的な特徴というところからお願いいたします。
A:まず申し上げたいのは、新薬開発というのが非常に難しいということです。新薬としてFDA(米国食品医薬品局)に承認されるのは生物学的製剤も含めて年に20件くらいで、非常に多くの労力をかけて候補品を見つけて、やっと臨床試験まで進んでも、そこから承認まで行ける確率は一般的には10%くらいなのです。
当社では現在、アルツハイマー型認知症治療剤のアリセプト、抗潰瘍剤のパ� ��エットが高い評価を受け、売り上げに貢献しています。しかし、製薬企業の発展のためには新たな製品開発が不可欠であり、脳神経系、ガン、血管・免疫系に集中した新薬開発に取り組んでいます。領域をある程度絞りこんで集中することが大切だと思っています。
Q:新薬開発には、何年も何十億円もかかると聞いています。大変なことだなと思います。ところでグローバル化という点についてですが、製薬産業はグローバル化が他産業に比べ進んでいるように思いますが。
A:たとえばトヨタやホンダに見られるように、グローバル化は製薬産業に限らないと思います。ただ日本では医療費抑制策の進展などにより、市場の成長性が低い現状です。その結果として、グローバル化が進むのは、必然というように思います。ま� ��、良い薬は日本だけでなく世界でも通用するものですし、世界の患者様とそのご家族のベネフィットに貢献することが私どもの会社のミッションです。 製薬業界のグローバル化というと、昔は、ライセンスアウトの形態をとるケースが多かったようですが、当社では、当初から製品自体の自社販売にこだわってきました。また、海外展開について製薬の起点ともいえる研究所の設立から始めている点に特長があります。アメリカでは1987年にボストン研究所を設立し、欧州では1990年にロンドン研究所を設立しました。
Q:高齢化が進み、またジェネリック医薬品の販売が進むなど製薬業界を取り囲む社会的な状況が大きく変化してきています。そういうことへの対応も、大きな問題であるように思います。
A:先発品とジェネリ� ��ク品の違いの一つに、企業から提供される医薬品の適正使用情報があります。医薬品は有効性や安全性に関する情報が求められ、先発品を有する企業はきめ細かい情報を持っています。
なお、当社では国内事業において、医療用医薬品、一般用医薬品、診断薬、ジェネリック医薬品の各事業を束ねた体制をとっており、予防・診断、治療までの幅広いニーズに対応できる統合的な情報発信をめざしています。
また、研究開発においては、いまだ解決できていない疾患領域に対する新薬開発に注力することが重要、ということになります。
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Q:ホームページを見させていただくと、薬というのは化学的な素養はもちろんですが、身体の生理機能や医学についての知識も必要で、知恵のかたまり、という見方もできますね。
A:昔は、この病気にはこの薬が効く、ということで、その骨格をもとにケミストが合成する、というようなことでした。しかし今は、こういう病気の薬が必要だが良い薬がない、というところから始まるケースも多く、ゼロから1を創るとなると確立された方法はありません。したがって、病気のメカニズムなどから入り標的を考えていくことが大切です。
アメリカのFDAの資料によると、世界には1万以上の薬がありますが、化学構造的には大きく見て300種程度です。その多くは1960� ��以前のものでして、新しいものがどんどん出ているというわけではありません。
我々は、病気を出来れば根本的に直したいという思いを強く持っています。たとえば、胃潰瘍治療薬のおかげで、今は胃潰瘍の手術はほとんどありません。創出された新薬が患者様の生活を大きく変える、10年以上にわたって、何百万、何千万の人を助ける、そういう姿勢で新薬開発にのぞみたいと思っています。
Q:よいお話をお聞きしたと思います。次に、研究開発の規模やどんな分野の研究員がおられるかなどについてお聞かせ下さい。
A:研究所として、先に申し上げましたが、筑波、ボストン、ロンドンなどにあります。筑波研では研究員が400名くらい、そのうちの半数近くの研究員は博士号を持っています。ただし、資格制度� �学位は関係ありません。研究者としては学位をとることを勧めていますが、仕事がうまくいって非常に忙しい、あるいは情報をすぐには外に出せない、といったことでDrを取れないケースもあるのです。専門分野としては、最近は化学より生物学の研究者が若干多い状況です。薬品の安全性評価や代謝の解明といったことも必要なので、バイオの人の数も多いのです。
研究所の機能にもよりますが、例えば茨城県の鹿島にある研究所では原薬を作るので、化学の人が多くなっています。
よい薬を作るには、よいケミスト、よいバイオロジストが必要ですが、それだけではできません。製剤研究、安全性研究なども含め全体がいかにうまく協力するか、それが大切です。
Q:エーザイとして、技術面・研究面で得意な分野は?
A:これまでは低分子有機合成が基本でしたが、抗体の技術・医薬品を有するベンチャーを買収し、低分子からバイオロジクス(生体由来物質)までを創薬する製薬企業へ進化を目指しています。
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筑波研は脳神経、ガン、および血管・免疫の分野での画期的新薬研究推進に加え、創薬技術のグローバルセンターとして、最先端の創薬技術を装備しています。ボストンは複雑な有機化合物を合成する卓越した化学の能力を有し、ロンドンは脳神経関係の研究が専門です。
Q:このような研究所間の交流は?
A:もちろんお互い行き来はあり、3ヶ月ぐらいの短期派遣を通じて技術や人的交流を図るということも行っています。小林本部長は、ボストンで6年間勤務されたことがあるのですよ。ロンドン研究所の所長は、しばらく前まで筑波研究所の勤務でしたし、現在の脳神経の探索研究の所長は以前ロンドンの所長でした。
ボストンは自前� ��研究所でして、はじめはハーバードのPhD4名でスターとしましたが、今は総勢200名くらいまでになっています。うまく人材活用されていると思います。
Q:最近のトピックスは?
A:プロテオームと細胞アッセイ(評価)に力を入れていることです。生体内の蛋白系全体を解析するプロテオームでは、蛋白分離とインフフォーマテイクス(情報学)が大切ですが、我々は蛋白質精製技術を高度化しています。また、細胞アッセイでは、ある物質が細胞にこういう影響を与える、こういうところに使えるという検討を行います。ある薬剤がうまく使えるかどうか、それを細胞レベルで詳細に検討しようという話です。
Q:最初に話の出ていたアルツハイマー型認知症治療剤についてですが、薬品の構造設計から生産、検定ま で、普通の製造工業とは製造方法の考え方が違うのではないでしょうか?
A:アルツハイマー型認知症治療剤アリセプトについては、ある仮説に基づいています。アルツハイマー病患者様の脳内において広範に神経伝達物質アセチルコリンが減少していることから、コリン神経系の賦活による治療薬を目指す創薬コンセプト・コリン仮説です。アリセプトは、アセチルコリンを分解するアセチルコリンエステラーゼの働きを阻害して脳内のアセチルコリンを増加させます。研究を開始した当初、アセチルコリンエステラーゼ阻害作用を有する化合物は知られておりましたが、エーザイオリジナルのシード化合物の発見が医薬品としての資質が大きく優れるアリセプト創出に繋がった重要な出来事です。このようなゼロから1の発見が創� �研究の要であり、科学的専門能力、アッセイ技術、保有する化合物に加え、研究者の努力や思いがたぐりよせるセレンデイピテイーも大切です。
Q:先ほどのお話で、これからは3分野に集中するというとのことですが、それでも範囲が広いように思われます。
A:脳神経系やガンの薬は難しい領域で現状での確率は高くありませんが、患者様が薬を必要としている分野であり挑戦しなければならない領域と考えます。昔は市場規模の大きいところを狙うということだったのですが、今はそういうところのなかには市場が完成していて、それほど新薬を必要としていないところも多いと思います。でも実際問題としてどういう薬がよいか、これは難しいですね。
Q:御社では省エネ技術にも熱心に取り組んでおられるようで、化学工学出身の私(溝口)には、意を強くするところがあります。
A:もちろん省エネも大切� �して、設備を扱う担当組織があり、CO2削減にも取り組んでおりますし、積極的にグリーン購入を推進しています。鹿島では、パイロットプラントまでも扱っています。ボストンの研究所で、治験薬を作るのに複雑な工程が必要なことがあります。不純物の分離も重要でして、そのためプロセス化学も大切になってきています。
関連しますが、しっかりしたものを作るためにきちんと記録をとっておくことが必要です。医薬品はレギュレーションがもっとも厳しい産業といわれます。実際に、例えば米国で申請した薬剤の生産施設を承認前にFDAが見に来ます。日本にもチェックに来るのですよ。
Q:昔に比べ、たとえば抗ガン剤の性能が随分よくなった、と聞いたことがあります。製薬会社としては、こういうように社会に� �に立つという話が多いのでしょうね。ホームページの社長のご挨拶にもそんな話が出ていたのですが。
A:うまくいくと社会に役立つというのは、会社としても喜びですね。いろいろ経験してくると、がん関連のマーカーの変化で、この薬はうまくいくなど、うまくいきそうかどうかわかることもあります。このようなマーカーは非常に開発コストもかかりハイリスクで成功確度が高くない製薬産業では研究プロジェクトを進めるにあたって重要な判断材料になります。
Q:特許の管理はどのようにしておられますか?
A:特許管理は製薬企業ではとても重要で、あらたな化合物が発明された場合にはどこまで入れて出願するかなど、難しいことも多くあります。そのための専任の担当者も多く必要になっている状況です 。
Q:薬品研究で国立研究所への期待は?
A:具体的事例は挙げにくいのですが、シーズとしてどう発展していくかわからなような基礎研究のレベルは、たとえばアカデミーで担当していただき、企業としては具体的な目標を持ったもので連携させていただきたいと思います。
Q:筑波に研究所を置くことの意味については?
A:これまでも理研、産総研、筑波大学などと交流させていただいております。筑波大学の連携大学院の教授になっている研究員もおります。やはり地の利は生かしたいですね。
Q:長時間有難うございました。これからもぜひアカデミーをご支援下さい。ショーケースにもご参加いただきたいと思います。
A:こちらこそよろしくお願いします。
(感想)
アセチルコリン仮説をもとに効きそうな骨格をデザインして、その骨格が実は自社の他の研究テーマの化合物の中にあって・・・、など医薬品の開発経過のお話は非常に興味深いものでした。
インタビューの間に、「医薬品というのは、本当に知恵の塊ですね」と申し上げたのですが、それは実感です。いろいろの分野の人が力をあわせ知恵を出しあって製品を作り出していく、それはどの産業でも同じですが、人間の健康に直接かかわる分野だけに、お話の間にそのような印象を強く� �けました。それは、異分野の交流が企業としての成果に大きく影響するということでもあり、アカデミーとしても「研究交流の方法論」を学ばせていただかなければならない、そのようにも感じました。
つくばには、製薬関連企業の研究所がいくつかあります。個々の研究者の交流に加え、研究管理のあり方、コミュニケーションのあり方についても、ここ筑波では学ぶことが多い、というように思います。(溝口記)
(参考)
エーザイ ホームページ
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